レイキヒーリングの歴史

レイキヒーリングは古くからの聖人や徳の高い人が行う「手かざし」などに見られるように手による癒しを行う方法がありますが、レイキヒーリングの大元は医療療法として日本から発祥した「霊氣療法」といわれています。
そこで、日本での霊氣の歴史を振り返り、現代のレイキヒーリングへの移り変わりへの歴史を辿ってゆきましょう。

レイキ療法のはじまり

日本では、江戸時代以前から伝統的に手を患部に当てて治療を行う療法がありました。
明治時代には大霊術師といわれていた田中守平氏が行われていた「霊子療法」というレイキヒーリングと近しい療法を行われており、大正3年頃に川上又次氏が「霊氣」という言葉を用いた療法や伝授を行っていました。
現在のレイキへとつながる体系となったのが、臼井甕男(うすいみかお)氏の霊氣療法です。
1922年に臼井氏は京都の鞍馬山での断食修行を行った折、レイキの存在と可能性を見出し、「心身改善臼井靈氣療法」という民間療法として実践をはじめました。臼井氏の霊氣療法は、現在のレイキヒーリングとは違い、医療療法として用いられてきました。
1926年3月9日に臼井氏は広島県にて脳溢血のため急逝され、霊氣治療及び方法の伝授は約5年間であり、その間、21名の師範(レイキマスター)を育成されました。

海外に広まるレイキヒーリング

レイキヒーリングが海外にまで広まったのは臼井氏の育成した師範のひとり、海軍元軍医の林忠次朗氏が独自に行った治療活動からといわれています。1935年、林氏はハワイの日系人、高田ハワヨ氏を治療したことをきっかけに1938年にハワイを訪れた際、高田氏に霊氣の伝授をおこないました。これが現代の「レイキ」に繋がっているといわれています。

第二次世界対戦の敗戦後から、それまで行われていた代替療法は、GHQによって「非科学的なものである」とし、禁止されてからは一度日本国内では廃れてしまいました。
その一方、海外では高田氏と育成された22名の指導者によって広められ、その後のニューエイジングブームにより世界中に普及されていきました。1980年代後半にはドイツのフランクペッター氏によりレイキが日本へと逆輸入される形となり、1993年から本格的にレイキヒーリングのセミナーが行われるようになりました。それに伴い、次第に一般の人にもレイキヒーリングが広まるようになりました。